能は簡単に言えば、和製ミュージカル。歌・舞・音楽を中心に物語が進む劇です。
初心者が鑑賞するときには、舞や動きに注目するとよいでしょう。
歌やセリフは古文ですので、聞き取るのは非常に難しいです。
しかし舞には主人公の性質がよく表れます。
たとえば天女なら優雅な舞、武士なら勇ましい舞になります。
また能面の角度を変えて喜怒哀楽を表現したり、顔の前に手を当てて泣いている様子を表したりと、動きもよく観察すれば感情が読み取れます。
大まかなあらすじをネットや本でふまえ、あとは舞や動きに注目して観ることが、初心者にとって一番能を楽しめる方法だと思います。
では、どんな演目を観るとより楽しめるでしょうか。
ポイントは2つあります。ひとつは時間が短いものを選ぶことです。
能には30分ほどのものから2時間もの超大作まであります。初心者には30分から1時間程度の演目がよいでしょう。
もうひとつは自分が好きなジャンルの話を選ぶことです。
神様や花の精が優雅な舞を披露したり、妖怪と武士が刀を抜いて戦ったり、様々なジャンルがあります。
ゆったり系、激しい系など、自分が興味のあるジャンルを選ぶと、より楽しさが増すでしょう。
それでは次から、初心者におススメの演目を具体的に紹介します。
ここでは、時間に追われる日常生活を忘れ、別世界へ連れて行ってくれるような演目を、2つ紹介したいと思います。
『羽衣』は1時間半程度と少し長めですが、非常に有名な演目です。
天女が下界に降りて水浴びをしていると、漁師が天女の衣を盗んでしまいます。天女が漁師に衣を返すよう頼むと、漁師は衣を返す代りに舞を見せてほしいとせがみます。
この天女の舞は、はじめは一歩踏み出すのにも時間がかかり、ほとんど動いていないのでは、と思うほどです。
しかし最後には、袖をひらひらと翻し、優雅に空飛ぶ様子を思わせます。
能では歌舞伎や近代劇と異なり、背景や過剰な演出はありません。壁に描かれた松と、天女がゆったりと袖をはためかせながら舞う姿だけ。
だからこそ、まるで私たちも天界に引き上げられるような、不思議な気持ちになれるのです。
もうひとつ、『猩々(しょうじょう)』という演目を紹介したいと思います。
猩々は、全身が赤い大酒飲みの、猿に似た妖怪です。ある日酒売りは、いくら酒を飲んでも顔色一つ変わらない猩々と出会い、二人は海辺で酒盛りをすることにします。
前半は二人の語りが中心なので、後半での、猩々が酔っぱらった様子でする舞に注目していただきたいと思います。
「足元はよろよろと」という歌詞に合せて、猩々が足をよろよろさせながら後ろに下がっていく様子は、夜の街に千鳥足で消えていくサラリーマンと同様に、滑稽で、楽しげで、また可愛らしくもあります。
この曲は『乱』と呼ばれることもあり、二人、五人、七人など、大人数の猩々が舞台に登場して舞う場合もあります。
大人数で酒を飲みよろよろする様子は、思わず微笑んでしまうほどです。
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能はゆったりした演目ばかりだと思われがちですが、動きの激しい演目もたくさんあります。ここでは戦闘シーンのある演目を2つ紹介します。
『土蜘蛛』は、蜘蛛の精と武士の戦いを描いた演目です。
蜘蛛の精は、赤い長髪、つり上がった目、紺地に金色の蜘蛛の巣模様の衣装と、どこかスパイダーマンと近いものを感じさせます。
ただし能では、蜘蛛の精は悪い妖怪です。この演目で注目したいのは、蜘蛛の精が武士に投げかける白い糸です。
この糸は、パーティーのときのクラッカーや、くす玉から出て来るような、白くて細長い糸です。
舞台全体が真っ白の糸で覆いつくされる場面は、思わず歓声があがります。
続いて、『葵上』という源氏物語ゆかりの演目をご紹介しましょう。
光源氏の愛人である六条御息所が、正妻の葵上に嫉妬し、生き霊となって襲いかかる場面です。
演目名にある葵上は、劇中には登場しません。病床に伏す葵上は、舞台の前方に着物を置くことで表現します。
このようなシンプルな演出で観客の想像力に任せるのが能らしいところです。
前半に現れる六条御息所の生霊は高貴な女性の身なりをしていますが、後半は鬼女になってしまいます。
角が生え、目はつり上がり、口は悪魔のように大きく開いた般若の面をして、着物は蛇の鱗を意味する逆三角形の模様の白い着物を着ています。
入場する際に通る橋から、鬼女になった六条御息所が身を乗り出し、敵意むき出しにする姿は、背筋が凍るほどぞっとします。
僧侶たちが数珠をもんで立ち向かうと、六条御息所は一度ぐっとうつむいて弱ったように見せますが、きっと顔を上げて僧侶たちをにらみ、追い詰めていきます。
内側にこもった恨みの念がじっとりこぼれ出てくるような戦いぶりは、息をすることも忘れるほどです。
能はホラーなイメージが強いですが、天女、武士、妖怪、など、実に様々なキャラクターが登場します。
そのストーリー展開やキャラクターは、現代のドラマや演劇とも匹敵するほどです。
まずはぜひ一度、能楽堂へ足を運び、好きな演目を見つけてみてください。
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